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路上での携帯電話の操作は平和のバロメーターだと思う

屋外で携帯電話の画面を見ながら歩いている人を見かけるたびに、社会が平和であると強く実感する。

携帯電話を路上でむき出しにして持つこと、そして携帯電話の画面を凝視して歩くことに関して私は次のような危険があると思う。一つは携帯電話を奪われて個人情報が漏洩する恐れがあることだ。もう一つは周囲の危険な状況をすぐに察知できないことだ。

携帯電話を路上でむき出しにして持つ人は、たいてい電話を片手で持ち、特に紐などで手に固定していない。その気になれば誰でもそのような人の手から簡単に電話を奪える。もし電話が盗まれれば電話の個人情報が悪用されかねない。最近の携帯電話には電話帳、メール、写真など実に多くの個人情報がある。

さらに、携帯電話の画面を凝視すれば周囲の状況をすぐに確認できなくなる。操作に夢中で周囲を確認しない状態では、万一危険な運転の自動車や危険な考えの人が近寄って来たとしてもすぐに気がつかない。ほとんどの人は前から人が近づいて来ればその人と間隔をとってすれ違うが、携帯電話を操作しながら歩く人の多くがそうしない状態を見れば、それは明らかだろう。

そうした危険があり得るにもかかわらず路上で携帯電話を操作しながら歩く人がいるということは、そうしたとしても大丈夫ということなのだろう。もしも携帯電話を路上で出せば奪われてしまうような社会、あるいは操作中に性犯罪の被害にあったり無差別な殺傷事件に巻き込まれてしまったりする社会であれば、誰も路上で携帯電話を出しながら移動しないだろう。屋外で携帯電話を片手に歩く人がいるということは、社会がまだ安全であることの現れであると思う。

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